半谷範一の「オレは大したことない奴」日記

B級自動車ライターのカオスな日常

森美術館で、『ロン・ミュエク』を観ました。

お友達と観に行った娘が大変良かったというので、カミさんと二人で森美術館で開催中の『ロン・ミュエク』を観に行きました。中々タイミングが合わなくて、森美術館を訪問するのは本当に久し振りになってしまいました。

 

オーストラリアの現代美術作家であるロン・ミュエクの展覧会、関東で開催されるのは初めてということもあり、カミさんも私も実際に作品を観るのは今回が初めてでした。

 

写真撮影可だったので、いつものように少しだけ会場の雰囲気を御覧に入れることにしましょう。

制作風景を記録した映像も上映されていましたが、それも中々の見物でしたよ。てっきりファブリックで制作されているとばかり思っていた部分まで樹脂で制作されていたので驚きました。

 

私としては、この夏に開催されている展覧会の中ではかなりオススメできる企画の一つです。尚、会期は9月23日までとなっておりますのでお見逃しなく。

岬町、池田屋菓舗 でどら焼と音羽煎餅を買いました。

さて、今日は昨日のブログの続きです。

 

私達が前から気になっていたというお店はこちら、岬町長者の交差点にある 池田屋菓舗 です。和菓子屋さんには時代を感じさせるお店が少なくありませんが、さすがにここまでのお店はちょっと記憶にありません。初めて見たときは “本当に営業しているの?!” と驚きました。

 

建物はおよそ120年ほど前の物ということで、この日はどら焼と音羽煎餅が販売されていました。音羽煎餅は大正時代から音羽清水寺の境内で販売され、戦時中に途絶えてしまっていた物を近年に復活させた物だそうです。

 

というわけで、今回はどら焼と音羽煎餅を買いました。

 

すぐ近くに長者天神社があったので、参拝させていただくことにしました。大変きれいに整備されていて、地域の方々から大切にされていることがよく分かります。

実はこの近くに以前から興味のあるインド料理店もあるので、機会があったら息子を連れて訪問してみたいと思っています。

ハルフロマジュリ・カフェ でイチジクのクレープが始まりました。

果樹園の偵察の後、カミさんと私はいつもの ハルフロマジュリ・カフェ でランチを頂くことにしました。幸い、ハルフロマジュリ・カフェさんも豪雨の被害はほとんどなかったようです。

 

今回、カミさんはガレットとスープのセットを・・・



私はシャンピニオンのガレットを頂きました。

 

デザートはカミさんがあんみつで・・・

 

私がイチジクのクレープです。実はイチジクはあまり好きな果物ではないけれど、ハルフロマジュリ・カフェさんのクレープだったら美味しくいただけます(笑)。

 

飲み物は二人ともアイスのカフェオレにしました。

今回は農作業もなく、この後特に予定がなかったこともあり、以前から凄く気になっていた某所に寄って帰ることにしたのですが・・・その話はまた明日。

(つづく)

我が家の果樹園、千葉豪雨の被害は?。

千葉豪雨の被害状況が気になって、カミさんと二人でいすみ市にある我が家の果樹園に行ってきました。我が家からここまで行くには大網白里など被害が大きかった場所を通るので、いまだに通行止め区間や被災して放置された車両、土砂崩れなども目に付く状況でしたが・・・

 

幸い敷地に入る道沿いに一部崩落が見られた程度で大きな被害はありませんでした。ヨカッタ。まぁオーバーハングになっている木が土砂と一緒に崩れて道路を塞ぐのは時間の問題なので、その時がきたら他の危険な樹木と一緒に処理しようと思っています。

 

 

ポポーの実、かなり大きくいなってきたものの、ハクビシンか何かが登って食べているようで、枝が折れて食べ終わった皮の部分だけが放置されていました。もし次回の訪問時に残っていたら、全部収穫してしまおうかな?。

 

最後はいつもの定点観測。

電動の噴霧器を買ったので、次回は法面の雑草に除草剤を撒こうと思っています。

”謎のクルマ” の正体、私の出した結論とは?。Project "Ship of Theseus" episode 13

今までずっと ”謎のクルマ” と書いてきこのクルマ、今回はその正体に関して私が辿り着いた結論について書こうと思います。

 

結論:このクルマはMHK(Meisterschule für Handwerker Kaiserslautern=マイスターシューレ・フュア・ハンドヴェルカー・カイザースラウテルン)またはそれに類するドイツの専門学校において、学生が授業で製作した半完成のボディのみを輸入し、日本国内にあったVWタイプ1のシャーシに架装して完成させた車両である。

 

以下にその結論に達した理由をご説明させていただきます。

 

このクルマの正体を探るため、私は旧い書籍はもちろん海外のサイトやネット上の愛好家向けのページ等々、考えられる限りの方法で調査を行いました。そしてその過程で入手したこの本、『Die Edel-Käfer』(Brend Wirersch著)の記述の中に、ちょっと気にな記述を見つけました。この本にはVWのシャーシに高価なカスタムボディを架装していたメーカーが多数紹介されているのですが、当時それらのメーカーにはパーツとして新品のシャーシは供給されていたことが記されていたのです。ということは、“謎のクルマ” はこういう工房で量産された物ではない可能性が高くなります。

 

私が “謎のクルマ” を始めて見たとき、一番最初に抱いた違和感はシャーシとボディの年代の不一致でした。シャーシが1954年モデルであったのに対し、ボディのデザインはどう見ても1960年代中頃のトレンドに沿ったもの、つまり中古のシャーシに架装されたことは明白だったのです。手作りのアルミボディは当時でも非常に高価であり、購入できるのはかなり金銭的に余裕のある人だったはずなので、わざわざ中古のシャーシを使用する理由が分かりません。

 

しかし、その理由の説明として思いつく条件が一つだけありました。その条件とは製作コストを考える必要がない所で製作された、具体的に言うと、学校で学生が製作したという可能性です。

 

私は今から30年近く前、二ホン・オートモービル・カレッジ(現在の日本自動車大学校)のカスタマイズ科の学生達の卒業制作を1年間密着取材したことがありました。その授業ではベース車や材料を購入する予算の上限が定められており、その中でクルマを製作るように指示されていました。つまりベース車は可能な限り安く入手できる物であることが絶対条件でしたが、ボディ製作のコストは材料代だけなので、コスパもタイパも関係ありません。

 

恐らく同様の学校であれば、国や時代に関わらず、似たような制約の中で製作されていたことは容易に想像がつきました。そこで思い出したのが、当時ドイツでクルマのボディ製作を教えていた専門学校、MHKの存在でした。

 

実はこのクルマのことを調べ始めた10年以上前にも、VW愛好家のサイト、The Samba.comで質問した時に、MHK製の可能性を指摘する意見を頂いたことがありました。確かに1960年代であればVWタイプ1は間違いなく一番安いベース車両であったはずなので、それがベースとなったことは合点が行きます。テールレンズにドイツ製のヘラーが使用されている点や、フロントのマーカーがカルマンギアである点も、身の回りにあって安く手に入る部品だったと考えれば納得が行きます。

 

そこで早速MHKにこのクルマの写真を送って時問い合わせたのですが、その時の回答は残念ながらアーカイブが水害に遭い、当時の資料が失われてしまったために分からないという回答でした。

 

それから10年以上が経過し、再びこのクルマに関して調べ始めた今年の春、facebookのVWベースのキットカー関連のグループに同じ質問をぶつけたところ、やはりMHKでは?という意見を寄せてくださった方がいらっしゃいました。さらに今から2年前の2024年、MHKで製作されたクルマたちに関して書かれたこの本、『MEISTERSCHULE  KAISERSLAUTERN』(Alexander Diego Fritz著)が発行されていたことを知り、さっそく手に入れました。

この本に書かれていた内容はほぼ私の予想通りでした。1960年代の学生達が安く手に入る中古のVWをベースに、当時の若者の憧れだったポルシェ904やフェラーリ275GTB、250GTO等のスポーツカー達から影響を受けたデザインのクルマを製作している例が次々と登場していたのです。この表紙の黄色いクルマも、VWベースで製作された一台でした。さらに、製作されたクルマ達は後にドイツだけではなく、アメリカやイギリスにまで販売され、学校の運営費の足しにされていたことも分かりました。

 

“水害にあった” と説明されたアーカイブからも色々な資料が救い出されたようで、当時のスケッチや図面、写真等も多数掲載されていました。そこで私は再度、この “謎のクルマ” の画像をMHK(現在は実際の車両の製作ではなく、クルマを含めた工業デザインを教える学校となっている)に送り、過去にこの様なクルマを製作した記録が残っていないか?尋ねることにしました。

 

MHKでもこのクルマを写真を見て、過去に同校で製作された作品である可能性が低くないと考えたようで、Bernd Decker氏より、自動車製作部門に調査させるというご連絡を頂くことができました。しかし、残念ながら今回も当該車両と思われるクルマに関する資料を見つけることはできず、MHKで製作された車両であることは証明できませんでした。

 

さらに、このクルマがMHKで製作されたと仮定した場合、どうしても腑に落ちないことが一つありました。それはこのクルマ”が右ハンドルであったという点です。当初は輸入後に日本国内で右ハンドルに改造したのでは?と思ったけれど、ファイアーウォールに開けられた穴は右側のみで、最初から右ハンドルだった事がよく分かります。やはりどこか根本的な所で勘違いしているのかな?。

しかし、その疑問に関しては、ワイルドシングの坪田メカニックが答えてくれました。

 

“このクルマ、元々未完成だったんじゃないですかね?。完成しなかったクルマもあると書いてあったし”

 

ナルホド!。確かにそう仮定すれば、すべての違和感は一気に消滅します。その言葉を聞いた瞬間に、全てパズルのピースがパチンとはまりました。この “謎のクルマ” には恐ろしく丁寧に手間を掛けて製作されている部分と、雑な仕事をしている部分が混在しているのか不思議だったけれど、雑な部分は日本で行われた作業だと考えればきちんと整合性が取れるのです。

 

このクルマのインパネは左右対称のデザインになっています。つまり、輸入時のボディはまだインパネには何もない状態で、輸入後に右側にステアリングシャフトを通し、メーター類を取り付けたのでしょう。そう考えれば、やっつけ仕事でメーターが取り付けられていたり、インパネの下部を雑に切り取っていることにも説明が付きます。

 

以前にも書いた通り、このクルマではすべての窓に名古屋の株式会社フジワラ製のガラスが使用されています。当初はどこかのガラスが破損したのを契機に、すべてのガラスを国産のティンテッドガラスに交換したのか?とも思ったけれど、購入時にはガラスはなく、輸入後に国内で製作して取り付けたと考える方が自然でしょう。

 

ドアのハンドルやキャッチ類などが国産車からの流用になっている事から、輸入時にはそれらが付いていない状態であったことが分かります。それどころか、ドアはまだクルマに取り付けられてさえいない状態だったのでしょう。そう考えれ、ドアの内側に後から雑な穴を開けてヒンジを取り付けていた理由も説明できます。

 

インテリアも同様で、丁寧な作業の天井の内張はドイツで製作されたものであり、シフトレバー周りの雑な溶接作業は日本に輸入されてからの作業と考えれな整合性が取れるでしょう。

 

現在はこんな状態になってしまったけれど、恐らく輸入時には無塗装でアルミ地肌がむき出しのボディが銀色に輝いていたはずです。これを日本に輸入した方はボディがアルミ製であることに一番興味を引かれたと語っていたそうですが、その時に無塗装だったと考えれば十分に納得できます。

残念ながら現時点ではまだ実際にこのクルマ(というよりボディ)がどこで製作されたものであるか確定する証拠はありません。MHKでの作業風景を記録した写真の中に、“もしかしたら、これは!” と思えるようなクルマもチラッと映っているけれど、残念ながらそれと同一の物かどうかは確かめようはありません。逆にどこかの全然別の工房で、ボディ製作の技術を見せるためにのデモンストレーション用に製作されたという可能性も否定できません。

 

もし今後、何か新しい情報が入手出来ることがあったら、そのときはまたこのブログで紹介させていただきたいと考えています。

笠間市、庭カフェ KURA で "搾りたて生モンブラン" を食べました。

さて、今日は昨日のブログの続きです。

 

せっかく茨城県陶芸美術館まで出掛けたので、その後にこちらにのお店、庭カフェ KURA に寄ることにしました。子供達は今回が初訪問です。

 

お目当てはもちろんこれ、 "搾りたて生モンブラン" です。

 

今回は裏庭のスペースを利用させていただくことにしました。

 

美味しいモンブランと冷たい飲み物で一休み。

笠間市にはモンブランの名店がまだまだ沢山あるので、次回の訪問時には新しいお店を試してみようと思います。

茨城県陶芸美術館で、『ガレの陶芸Ⅱ 奇想と幻想の造形世界』を観ました。

夏休みで上手くスケジュールの調整ができたので、家族四人で 茨城県陶芸美術館 に行きました。

 

お目当ての企画展はこちら、『ガレの陶芸Ⅱ 奇想と幻想の造形世界』です。

 

6年前にこちらで開催された『ガレの陶芸 世紀末の煌めき 昆虫・植物・ジャポニスム 』の時とは被っている作品がなく、初見の作品が大半でした。

 

これがガレ?と思うような作品から、いかにもガレらしい作品まで、展示のバリエーションも広く、そういう点でも勉強になりました。今回は一部を除き写真撮影可だったので、例によって少しだけ会場の雰囲気を御覧に入れることにしましょう。

ガラスをメインにして以降、陶芸作品はあまり制作していなかったように誤解していたのですが、現実にはロングセラーとなっていた陶芸作品もあったのですね。初見の作品が多く、私としては大変見応えのある内容でした。尚、この企画展、会期は9月23日までとなっております。

前装銃の口径、どうやって測っているのかというと・・・

前装銃、特に火縄銃は全部手作りということもあり、銃によって微妙に口径が違います。そして最良のセッティングを出すためには、適切な弾のサイズとパッチの厚さ決めなければならないので、正確な口径を知ることが必要不可欠となります。

 

一般的に口径を測るのに多用されるのはやはりノギスです。私もミツトヨのmm/インチ切り替え式のデジタル・ノギスを使っています。しかし、火縄銃のマズルは真円じゃなかったりしますし(笑)、ノギスで正確な口径を測るのは意外に面倒です。

 

本当はデジタル表示のキャリパータイプ内側マイクロメータがあれば最高ではあるものの、信頼できそうなミツトヨとかのやつは結構高価なツールなので中々決心がつきません。そこで私はこの簡易型のツール、円筒テーパーゲージを導入することにしました。

 

側面にはこのように0.1mm刻みのスケールが表示されています。私の持っているのは新潟精機製で4~25mmまで測ることができるので、これ一本でほぼ全ての前装銃に対応できます。

 

使い方は簡単。銃身を垂直に固定し・・・

 

ゲージをそっと差し込み、止まった位置の数値を読み取ります。最小目盛の1/10まで目分量で読み取るので、この銃の口径は10.98mm。その数値から逆算して、適正な弾のサイズとパッチの厚さを決定します。

競技用ライフルでは銃口に金属のゲージを差し込むなんていう行為は恐ろしくて絶対できませんけど、前装銃は弾を込める時も金属の棒でガシガシやっちゃうような世界なので、こういう測り方にもあまり抵抗がありません(笑)。

国立西洋美術館で、『版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト』を観ました。

カミさんと二人で 国立西洋美術館 に行きました。

 

お目当ての企画展はこちら、『版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト』です。

 

今までにレンブラントの版画は色々な展覧会で見る機会がありましたが、版画だけに焦点を当てた展覧会は初めてです。

 

今回は版画ということもあり、基本的に写真撮影可となっておりました。

 

これは《夜警》の版画版ですが・・・

 

拡大してみると、銃はマッチロック(=火縄銃)であることがよく分かりますね。

 

でも今回個人的に一番面白かったのはこれ。ステートの違いによる作品の変化を並べて見せてくれる展示でした。

今回はレンブラントの版画作品に影響を受けた芸術家の作品も展示されており、そちらの方も中々興味深い内容でしたよ。尚、この企画展の会期は9月23日までとなっております。

息子が手作りのスモークベーコンで、カルボラーナを作ってくれました。

息子が豚肉を買ってきて何かの下ごしらえをしていました。その数日後・・・

 

久々にMy燻製機を引っ張り出してきて燻製を作り始めました。こういう時には、自宅が気兼ねなく煙を出せる?一戸建てで良かったなぁと思います。

 

私の書斎にまで美味しそうな香りが漂ってきたので様子を見行ったところ・・・あっ、チーズが全部溶けてなくなっちゃった(笑)。

 

この日の夕食は息子が作ったカルボナーラになりました。サラダにはスモークチキンが入っています。

やはり手作りの燻製は素晴らしい香りですね。冷凍庫の中にはまだ燻製用と思われる食材が色々あるので、また何か作ってくれることでしょう。冬になったらパンチェッタにも挑戦するそうなので、今から凄く楽しみです。